好きだよと耳元で囁かれる度、その口を塞いでしまいたくなった。
髪を梳く手を捕まえて、いい加減にしろと言ってやりたかった。
紡ぎ出される声の連なりは嘘偽りを纏って赤い。
ひた隠しにされた相手の心に、俺の言葉は届くだろうか。










―吐き出される赤―










好きだよ、なんて軽い台詞を本気にしている訳じゃない。
ただ、誰彼構わず口にするから、少し腹立たしいだけで。
隊長や花白、黒鷹にまで好きだ好きだと言うものだから。
それを信じる方がおかしいのだと、ずっと、そう思っていたのだけれど。

「好きだよ」

そう囁かれて苛立ちが噴き出す。
伸ばされた腕を手荒く払うと、ぱしんと乾いた音がした。
驚きに瞠られた紅い目を真正面から睨み据える。

「いい加減にしろ」

吐き出した声はいつになく荒れていた。
落ち着かなくてはと思っても、込み上げる感情に押し流される。
相手の腕を弾いた手が今更のように痺れてきた。

打ち消すように拳を作り、手のひらに爪を食い込ませる。
チリ、と走る僅かな痛みが理性を繋ぎ留めていた。





「おまえの本音はどこにあるんだ」

仰いだ相手をきつく睨むと、紅い視線が僅かに揺らぐ。
なに言ってるの? と誤魔化す声音に、砕けんばかりに奥歯を噛んだ。
悔しくて、悲しくて、涙が滲んでくるのが解る。

「俺には、おまえが解らない」

本当のおまえは、どこにいるんだ……?

問い質そうにも肩を竦めて、何のこと? とはぐらかす。
いつもいつも軽口ばかりで、本心は決して見せようとしない。
薄っぺらい笑みを常に浮かべて、心情を表すこともない。

常に誰かの傍にいるのに独りで立っているように見えた。
痛みも苦しみも押し隠して、無理矢理笑っているみたいで。
それが、酷く悲しかった。





「本当は、寂しいんじゃないのか……?」

問いを投げると身を震わせて、それから淡い笑みを浮かべる。
形ばかりの仮面の表情、欠落したのは相手の匂い。
絶望的なまでの距離に、なす術もなく立ち尽くす。

「小熊くんがいるから、さみしくないよ」

言いながら再び伸ばされる腕を、今度は黙って受け入れた。
するりと背中に回されて、そのまま強く抱き締められる。
苦しいくらいの力が込められ、知らず知らずに身を捩った。
僅かに腕は緩んだけれど解放する気はないらしい。

「……嘘だ」

ぽつ、と零した言葉を拾って、相手の呼吸が一瞬止まった。
嘘じゃないよと返す声音は、ほんの僅かに震えてる。





いつもいつも軽口ばかりで、本心を口には出さなかった。
隠して覆って飲み込んで、自分の中に抱えたまま。
言葉の重みも大切さも、ちゃんと知ってるはずなのに。
口にすることを怯え恐れて、ずっとずっと逃げているだけ。

「おまえは、嘘ばっかりだ」

滲むだけで済むはずだった涙が頬を伝い落ちる。
うそじゃないよ、さみしくないよ。
繰り返される偽りの音を、信じられたら幸せなのに。

嘘だ嘘だと拒むばかりで、俺には何も見えなかった。
苦しげな色を宿した顔も、自衛の手段としての言葉も。
目隠しをされたみたいになって、何ひとつ見ようとはしなかったんだ。










言葉の重みに潰されそうな、冷たい手を握ることさえ出来ない。











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