名を呼ばれない理由なら、とうの昔に知らされていた。
俺はあいつの玄冬じゃないから。
だから、いつまでも小熊のままで。

それが嫌だと言う訳じゃない。
ほんの少し、かなしいだけ。










─移ろい難き花色輝石─










小熊くん、と呼ばれ振り向く。
伸ばされた腕を避ける間もなく、すっぽりと抱き込められた。
苦しい離せと訴えたけど、聞く耳なんて持たないらしい。

あったかいね、なんて言いながら、俺の頭に鼻先を埋める。
くすくすと笑う声がして、かかる吐息が擽ったかった。
猫でも撫でるように髪を梳かれ、時折くるりと指に絡められて。

少しだけ顎を上向かせ、相手の表情を盗み見た。
にこにこと笑っているものだとばかり、思っていたのに。





「……おまえの目には何が見える?」
「へ?」

髪を撫ぜる手が止まり、こっくりと首を傾げられた。
鴇色の髪がさらりと流れて頬に沿ってふわふわ揺れる。

「何って、ここからだと……小熊くんの旋毛、かな?」
「違う。そうじゃない」

ふるりと首を左右に振って、腕を突っ張り相手を押した。
解ける腕の感触と、開いた距離と。
驚いたような相手の顔が、ちくりちくりと胸を指す。

「俺を透かして誰か他の奴を見るのはやめろ」
「……何、言ってるの……?」
「俺は俺でしかないんだからな」





どんなに重ねて見ようとしても、おまえの玄冬には、なれないんだから。





突き放すような口調になって、知らず知らずに唇を噛む。
こんな言い方をするつもりじゃなかった。
けれど、他の方法なんて、ちっとも考え付かなかったから。

思わず俯く俺の頭に、ぽん、と大きな手のひらが。
はっと仰いだ視線の先には泣き出しそうな笑顔があって。
その赤い目から涙が零れないことが酷く不思議だった。

「……ごめん、ね……小熊くん」
「別に……謝って欲しいわけじゃない」
「うん。だけど、ごめん」

相手の身体から力が抜けて、カクリとその場に膝を突く。
低い位置から視線がぶつかって、気付くと抱き締められていた。
胸の辺りに顔を埋められ、その表情は窺えない。





「もう、君以外は見ないから」
「え」

見ないようにするからと、くぐもった声が零される。
泣きそうな色は消えぬまま、ほんの少しの甘さが混じって。
ゆっくりとこちらを仰ぎ見る目が、にい、と笑みに細められた。
背筋がぞくりと泡立つような、笑顔。

「君以外、見ないから。ねえ、見えないようにして?」
「……なに、言ってる」
「そうしてくれなきゃ、駄目だから」

ねえ、だからおねがい。
みえないように、して……?










繰り返される声を聞きたくなくて、鴇色の頭を抱き締める。
苦しいよ、と訴える声も、聞こえない振りで目を閉じた。











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