伸ばされる腕は途中で止まり、彷徨った後にぱたりと落ちた。
俺に触れる一歩手前で、緩く指を曲げながら。
その手に触れて、そっと握る。
たったそれだけのことなのに、瞠られる目が少しだけ哀しい。
─雁字搦めの檻の中─
俺の顔と握られた手を交互に見遣る目が揺れる。
一回りも二回り大きな手のひらは、ひんやりと冷たかった。
髪と目の色は暖かなのに、白い肌は雪みたいだ。
「小熊、くん」
「何だ」
手を握ったままで顔を上げる。
赤い目と視線がぶつかって、カチン、と小さく鳴った気がした。
「手、離して?」
躊躇いがちに引かれる手。困ったように下がった眉。
決して振り解いたりはしない。
やろうと思えば出来るのに。
「嫌……なのか……」
抑えた声音、俯き加減で。
握っていた手から力を抜いて、相手の肌との接触を断った。
支えを失った俺の手は、ぱた、と身体の脇に落ちる。
「あ、」
相手の口から零れた音は微かな後悔の色を帯びて。
少しずつ少しずつ表情が歪む。
ほんの一瞬瞠られた目がみるみるうちに色を変えた。
ああ、泣きそうだ。
涙はないけど、不安定に揺れている。
普段通りの取り繕った笑みが、今にも崩れてしまいそうだった。
「嫌なら、もうしない。悪かった」
そう言って一歩後ずさる。
はっと息を呑む音がして、伸ばされた手が袖を掴んだ。
決して肌に触れようとはしない。
袖を握る手の力は弱く、小刻みに震えているようだった。
「っごめん、違うよ。そうじゃ、ないんだ」
ただ、と言葉を濁し俯く。
触れられることが嫌なわけじゃないと、首を左右に小さく振って。
袖を掴んだ手に目を落とし、ぽつり、小さく呟いた。
「俺の手、冷たいから」
確かに冷たい手だったけれど、その体温は嫌いじゃない。
それを言葉にするよりも早く相手に伝えてやりたいから。
有無を言わさずその手を取って、さっきよりも強く握った。
丸く丸く見開かれる目と、ぽかりと開いた薄い唇。
小熊くん、と微かに呼ばれて自分の眸に相手を映した。
「今度は逃げないんだな」
揶揄するように小さく笑むと、相手の赤い目も細められる。
温かな色、鮮やかな赤。けれど滲むのは悲哀の感情。
「……あったかい、ね」
あの子も、こんな風にあったかい手をしていたのかな。
音を伴わない呟きが、聞こえるような気がした。
俺ではない誰かを見詰める目が、俺の姿を映して揺れる。
いつになったら見てくれる? 俺をその目に映してくれる?
あとどれくらいの言葉を重ねて、どれだけ枷を嵌めればいいだろう。
罪悪感という名の鎖で、俺だけしか、見られないように。
リクエスト内容(意訳)
「罪悪感を枷にして周囲にばれないように未来救を手籠めにするこくろ」
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