空は高く澄み切って、吹きゆく風は柔らかく。
暑くもなければ寒くもない、なんとも気持ちのいい昼下がり。
人目を避けて寝転ぶ中庭に踏み入って来る足音がひとつ。
両の目を閉じ寝た振りをして、救世主様、と呼ぶ声を待った。
それがそう遠くないうちにもたらされることを、俺はちゃあんと知ってるから。
―あなたとお茶を―
さくりと下草を踏む音がして、慌てず騒がず目を閉じた。
寝てますよ、って顔を作って、呼吸をわざと遅くする。
ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。
お腹が緩やかに上下するように。
「寝た振りをしたって駄目ですよ、救世主様」
くすりと笑みの混じった声。
近付く足音がぴたりと止まる。
そろりと瞼を押し上げて、ぺろっと小さく舌を出した。
「バレちゃった?」
「目元がぴくぴく動いてましたよ」
あれくらいじゃあ誤魔化されません、と少し得意げに微笑ってみせる。
嫌味にならない柔らかな笑い方で。
隊長が探しておられましたよ、なんて言うけど知らんぷり。
答える代わりに「ねえ」と呼んで、両手をスイと差し出した。
「起こして?」
菓子を強請る子供みたいに寝転んだままで小首を傾げる。
相手は困った顔をして、この状況でそれを言いますか? と言った。
両手に抱えた仕事の山を示して、あまり意地悪しないで下さい、とも。
うん、無理だろうね、解ってるよ。
解ってるから、頼んだんだ。
にっこりと笑みを深くして、ぱたんと両手を地面に落とす。
仕方ないなぁなんて言いながら、もそりもそりと身を起こした。
「今日の仕事が終わったら俺の部屋に来てくれる?」
「……いつ終わるとも知れませんよ?」
何しろ隊長が相手ですから。
困ったように眉尻を下げて、遅くなってしまいます、と申し訳なさそうな声。
「いいよ。終わるまで待ってるから」
「ですが、」
尚も渋る相手の腕から書類の束をごっそり攫った。
あ、と大きく目が見開かれて、浮かべた笑みを深くする。
「文官の淹れたお茶が飲みたいな」
にこにこと言えば呆れたように小さな溜息をひとつ吐いた。
解りました伺いましょう、と嬉しい返事をようやくくれる。
「ただし、ちゃんとお仕事を済ませてからですよ?」
「解ってるって」
くすくすと、ころころと、肩を震わせ笑みを零す。
何だかんだ言って文官は俺に甘いんだ。
仕事を終えた暁には存分に甘えさせて貰うとしよう。
終わらせられればの話だけどね。
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